アコースティックかつサイケデリック、穏やかかつ幻想的、ユーモラスかつシリアス。色々な相反する要素がみっちりと詰まった、実に佐野さんらしい曲だなと思います。
この曲を初めて聴いた時、「佐野さんの、こんな曲が聴きたかったっ!」と、主人の帰りに気付いた柴犬のように全身のた打ち回わって喜びを隠し切れないかったのは僕だけでしょうか?(はい、僕だけです。わんわんっ)
僕らの日常を(時に退屈で時に意味もなくユーモラスだったりする日常を)、なんだか少しふわふわした目線で歌われているような気がします。気休めの木陰を探したり、ドジな話に思わず笑ってしまうような、そんな日常世界にいる僕らに対して
“笑顔がいいな”
とか
“友達になれたらいいな”
などと、少しとぼけたような、実に無邪気すぎるほどの感想をポツリポツリと明かしながら曲は進行していきます。
“君がここで倒れるわけにはいかない 君がここで壊れるわけにはいかない”
という箇所にきて、「やっと本音が言えた。うんうん、そうだよこんな世界だからこそ倒れたり壊れたり出来ないんだ」という感情に気がつきます。
更に曲が進行して、この曲の核になる部分(だと僕が思ってる)は
“どうして僕らは憎しみ合わなきゃいけない? どうして僕らは傷付け合わなきゃいけない?”
という箇所です。実にシンプルな疑問に辿り着きます。ふわふわしたニュートラルな目線で、この世界や日常や自分自身を眺めた結果出てきた疑問。まるで物心付いた幼子のような問いかけ。
でも、僕らは子供じゃありません。
そのシンプルな疑問を語ってしまった瞬間に、そんな問いかけをする自分の愚かしさも同時にわかってしまうのです。
それが
“どうして僕らは傷付け合わなきゃいけない〜〜ィィッ?↑”
というような、ちょっと狂ったような「〜〜ィィッ?↑」という語尾に実によく現れていると思います。
まともなことを言っているのに、いや、まともな事とを言っているからこそ、狂気がかった表現になってしまう。まともな事がまともに言えない自分の矛盾。あるいは世界の矛盾。
「あれ?あれ?なんか普通にあたりまえの事言おうとしたら、なんが変人みたいな表現になっちゃった」という不安。
アルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』とか、裏ベストアルバム『グラス』で描かれているような、「理性で隠そうとしてもはみ出てしまう狂気」みたいなものが出まくりんぐです。
まあ、僕の偏った妄想ですが、こういうの大好物です。
狂気ばかりを書いてしまいましたが、この曲の魅力はそれだけではありません!実にヨダレが出てきそうなほど魅力的なステキ表現がたくさん出てきます。たとえば
“試してみたいのは 心のハーモニー”
すごく良いですよね。なんか、こう、良い意味ですごく色っぽいですよね?(・・・ですよね?)
大好きです、こういうの。
あとは
“君にとって・・・夏の朝日のような
君にとって・・・冬の焚火のような”
↑これ初めて聴いてる時何故か「次は何かな、何かなっ!!」と脳内わくわくエキスが大放出しっぱなし。
“君にとって・・・長い線路のような”
でもう「きょえ〜〜っ」って感じでシビレまくりで思わずニヤリ。なんだよ、「君にとって長い線路のような」って・・・でも、でも、も、もう、たまりませよねっ!?
(・・・あれ?これも僕・・・だけ?)
そしてその直後に“君にとって ともだちになれたらいいな”とか言われたら
「オレ、オマエ、トモダチ、ナル」というぐらい原始人レベルで無条件でお友達になっちゃいます。おそるべし佐野表現。恐るべし僕の妄想。
あとは、・・・一瞬、曲が終わるかな?って思わせといてなかなか終わらないところとかも・・・大好きです。
☆ ☆ ☆
えー、なんか感想がだんだん変な方向になってまいりました。
まとめると、「佐野さん、もっとこういう曲いっぱい作ってっ!」ってことで・・・カンベンして下さい。
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